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父河谷久人 2020年6月

  • 河谷雄二
  • 2020年8月12日
  • 読了時間: 1分

  先代社長である私の父、久人(ひさと)は昭和12年生まれです。

鹿島高校時代にテニスを始めて大学にも進学しました。

 帰省してうちの工場で働き始めた若いころ鹿島のダンスホールで女の子をクルクル回していました。

回し飽きたころに親友の紹介で母と結婚。

この頃お付き合いから始めたゴルフに熱中し鹿島初のシングルプレーヤーなんだそうです。

ただ熱中しすぎて母はウンザリしていました。

 今の土地を買い工場を移転したのも父です。

個人商店だったのを有限会社にしてほぼ今の原形をつくりました。

40歳で青年会議所を卒業してヒマになると同時に私が「テニスがしたい」と言い出し、今度は親子ごとテニスにのめり込みます。

 そんな私も成人、サラリーマンを辞めて帰省してからは社長と後継ぎという関係になりました。

怒り始めてから「そのくらい言わんでも分かるやろ(。-`ω-)」という口グセには閉口しました。

仕事では衝突することもありましたが結果的に私の好きにさせてくれました。

 姉妹都市交流のご縁で韓国の高興郡にお友達がたくさんいました。

60才過ぎてから韓国語の勉強を始めました。

孫にテニスを教えるのが生きがいでしたが2008年6月、70才で亡くなりました。

 今年十三回忌を迎えます。

 
 
 
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